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ビジネス雑記

課長を殴ってブラック企業を辞めた話

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こんにちは、ほっしーです★

今回は『課長を殴ってブラック企業を辞めた話』をお届けします。タイトルの通り、課長を殴ってブラック企業を辞めたのは、この僕です。すべて、僕が体験した実話を記事にしました。

この記事を読むことで、ブラック企業の実態をあなたに知って欲しいと思っています。そして、『人の命』について、改めて考える機会としていただき、あなたの大切な人に優しく接してあげてほしい。

そんな思いを込めて、この記事を書きました。ぜひ、最後までお読みいただければ嬉しいです。

最愛の母の死

死

僕が22歳のとき、母親が病気で亡くなりました。家族で病院を駆けずり回って、あらゆる手を尽くしました。でも、思いは叶いませんでした。

僕は昔からママっ子でした。大きな反抗期もなく、ずっと母親のことが大好きでした。亡くなった直後のことは、今でも鮮明に覚えています。すぐに現実を受け入れることはできませんでしたね。

母は最期のときを実家で迎えました。僕にとっては、おじいちゃん・おばあちゃんの家です。最期の瞬間を家族みんなで看取れたことは、良かったのかなと感じています。

母が亡くなったのは2月でした。当時の僕は大学4年生。母が亡くなった2ヶ月後に、内定をもらった会社へ就職予定でした。母は病気で辛い状況の中でも、ずっと僕の就職後のことを気にかけて、心配してくれたのを覚えています。

母が亡くなり、お葬式を終え、まだ実感が湧かないフワフワとした毎日を過ごしながら、あっという間に4月の入社式を迎えました。

新卒でブラック企業に入社

電話

電話営業の日々

僕は投資用不動産会社の営業として入社しました。当時の僕は、何も考えずに就職活動をしており、「なんとなく稼げそう」という感覚だけで会社を選んでいたんですよね。今となっては後悔しています。

本格的に仕事が始まると、待っていたのは地獄のような日々でした。数百件/日の営業電話をひたすらにかけ続ける。毎日朝8時から夜11時まで、ずっと机に座って電話をするんですよ?朝と夜は自宅に、昼は会社に、「投資用マンションいかがですか?」と終わりのない電話を続けます。休日は月2日だけでした。

あなたはどうでしょうか?いきなり電話が掛かってきて、マンションを紹介されても、絶対に話を聞こうとは思いませんよね?特に会社宛ての電話は最悪です。罵声やガチャ切りの嵐。2ちゃんねるの掲示板には「迷惑電話」のスレッドに僕の名前が載っていました。

しかも、上司が常に監視しており、通話をリアルタイムで聞いています。少しでも間違えたことを言えば、構えたBBガンから球が飛んできます。同じ課の先輩は、上司から電話機が飛んできて、前歯が折れていました。もちろん、成果が出ていなければ昼休憩もなし。トイレの個室でおにぎりです。

初契約のお客様

劣悪な環境に耐えきれず、辞めていく社員は後をたちません。僕の同期は30人いましたが、入社1ヶ月後に残っていたのは、僕を含めて計3人でした。

僕が続けられていた理由は、入社して2週間で初契約を取れたからです。本当に運が良かっただけなのですが、宮城県で教師として働いている方(Aさん)がマンションを購入してくれたんです。公務員は社会的な信頼が大きいので、ローン組むのも有利なんですよね。

Aさんはとても細かい方で、マンションに関する問い合わせを、頻繁に僕や課長が受けていました。でも、僕にとっては嬉しい初契約で、初めてのお客様だったので、問い合わせに対して真摯に答えるように努めていました。

初契約でインセンティブも入り、モチベーションを維持できていたので、辛い環境でも継続して頑張ることができました。そして、入社から1年が経とうとしたとき、誰もが知っている痛ましい災害が起こりました。

3.11東日本大震災

地震

2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。東北地方を中心に、日本各地で甚大な被害が出ました。地震が発生した瞬間、僕は会社で働いており、向かいのビルがグラグラと揺れているのを窓から見ていた記憶があります。

すぐに家族に連絡を取りましたが、幸いなことに全員無事でした。ホッとした気持ちはありつつも街はパニック状態。しばらくは会社も休みだろうと思っていました。

でも、さすがはブラック企業。震災の翌日からは、いつもと変わらずに電話営業を再開しました。「こんなときに電話するなんて非常識だろ」と思いながらも、会社の方針に逆らうことはできず、普段通りに朝から晩まで電話営業を続けていました。

非常識な経営方針とあわせて、大震災による不動産業界の動向も不安に思い、「このまま続けて良いのかな」と感じるようになりました。そんな日々を過ごす中で、ある決定的なできごとが起こりました。

課長を殴ってブラック企業を退社

退社

東日本大震災の発生直後、テレビや新聞は震災に関する情報で溢れていました。犠牲になった方々のお名前が、実名で公表されていることも多くありましたよね。デスクで新聞を眺めている課長が僕に言いました。

「Aさん、宮城の人だったよな?あの人うるせーから、新聞に名前がないかチェックしとけよ」

もちろん、課長は冗談のつもりで言ったのでしょう。軽いノリで鼻で笑うように話しかけてきました。でも、たとえ冗談だとしても、当時の僕には、課長の発言が許せませんでした。

一瞬で頭が沸騰し、次の瞬間には課長を殴り飛ばしていました。考えている余裕もなく、頭より先に手が出てしまっていた感じですね。このことがキッカケとなり、僕は会社を辞めることになりました。

課長の発言が不適切だったとは言え、暴力をふるうことは絶対にしてはいけません。社会人としてあり得ない行動を取ってしまったと、今ではものすごく反省しています。

僕自身、最愛の母を亡くした直後だったので、人の命に対して過敏になりすぎていたのだと思います。冗談だとしても、人の命をなんとも思わない課長の発言が許せなかったんです。

さいごに(大切なひとを大切に)

感謝

ブラック企業を辞めたあとは、ニートや派遣社員を経て、いまの会社に入社しました。幸いなことに職場環境に恵まれ、毎日楽しく仕事ができています。

学生時代からずっと交際していた彼女と数年前に結婚し、2019年に第一子が産まれました。本当に可愛くて、身も心もメロメロって感じです(笑)。

いまの僕は幸せです。家族にも会社にも恵まれ、充実した毎日を過ごすことができています。あのとき、会社を辞めて、本当に良かったと思っています。ブラック企業で働いていたら、家族との時間もろくに作れず、仕事に疲れながら毎日を過ごしていたことでしょう。

もちろん、課長を殴ってしまったことは、誰が見ても間違っている行動です。社会人として許されることではありません。だからこそ、その反省を活かして、いまの職場では、積極的にボランティア活動をしたり、誰かのハラスメント相談を受けたりしています。

僕が心残りなことは、可愛い孫を母に見せてあげられなかったことです。子供が好きな母は、絶対に喜んでくれたことでしょう。そして、もうひとつ、直接感謝を伝えておけば良かった、と後悔しています。母にはとても感謝していましたが、当時の僕は照れくさくて、直接は感謝の言葉を伝えていませんでした。

あなたにも大切な人がいると思います。普段、その人に感謝を伝えていますか?気持ちだけではなく、「ありがとう」と言葉に出していますか?

人生はいつ何が起きるかわかりません。何かが起きてからでは遅いんです。だからこそ、大切な人に優しく接して欲しい。日頃の感謝を言葉でちゃんと伝えて欲しい。

この記事を読んで、そんな気持ちになってもらえたら、とても嬉しいです。

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ほっしー

IT企業のwebマーケ担当。年間100本以上のメディア記事を監修。副業webライター兼ブロガー。海を愛する神奈川在住の30代(1児のパパ)。

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